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再開します

また、しばらく空白が続いてしまった。この10日間ほど慌ただしい毎日だった。いろいろなことがあったが、それをアトランダムに記して行こう。

台風18号は各地に甚大な被害をもたらしたが、皆さんの無事を祈るのみ。北海道は幸い大きな被害はなかったが、釧路では大雨による冠水があったようだが、京都の嵐山や福知山からみると軽微なものだ。

台風一過の17日は朝からきれいな青空が広がった。何日ぶりかの青空で気持ちまで清々する。朝晩の冷え込みはすっかり秋の気配になってしまった。

14日は江原光太さんの一周忌だった。道立文学館で「偲ぶ会」が行われ出席した。「読書・北海道」のナカダテが教えてくれたのだが、その後から、江原光太と「詩の村」で同人仲間だった堀越義三の娘さんから電話をいただいた。「偲ぶ会」の案内リストを見るとオレの名前がなかったので、これはお知らせしなければと電話番号を調べて電話してくれたのだ。ブログを読んでくれていたようで、とても嬉しかった。

ナカダテに話すと、堀越義三をよく知っていて、3年ほど前の葬儀にも参列し、そのとき江原光太に会い、クルマで家まで送ったのが最後になったという。

会はとてもインチメートで気持ちのいいものだった。花崎皋平さんをナカダテに紹介してもらい、川崎彰彦を調べていることを話した。江原光太を通して川崎彰彦には何度か会っているとのことだ。花崎さんはこの日の世話人代表という立場だから長話は叶わなかったが、顔つなぎができたことは大収穫だ。

受付で「江原光太仮略年譜」と「猪呆亭通信」号外(「妖」付録)3冊をいただく。 
年譜を見ると、2010年8月(87歳)に、一人暮らしが難しくなりグループホームに移り、2012年9月(89歳)には食道癌が見つかり、東札幌病院緩和ケア病棟に入院し、14日に、金井孝次、三杉和美に看取られ永眠、とあった。

金井さんは一昨年の7月に書肆吉成の吉成クンに連れて行ってもらい、江原光太の資料を見せてもらった人だ(2011年7月20日の項)。エライ人だ。遺体は、詩にも書いていたが、旭川医大に献体されたので、葬儀などは行われなかったという。

吉成クンも来ていたので、中川六平の急死で例の話がどうなったかなど、あれこれ聞く。沖縄から佐渡山豊も出席して「四人のゲリラ」を唄った。出席者は30名ほどか。2次会も準備されていたが、会場がよく判らず不参になったのは無念だった。やはり、生前に一度だけでも会っておきたかった詩人だったなぁ。ナカダテとススキノの居酒屋で呑む。三宅の店に行ったが大入り満員で入れず。

―この「偲ぶ会」のことは、江原光太の詩の朗読を最後の詩集『北極の一角獣』(2003年1月響文社刊)付録CDで聴きながら書いた―
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