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ことし最初の本

 依然、寒い日が続いているが、救いは雪が少ないこと。店に来たお客さんが、こちらは雪が少ないですねと驚くほどで、内心にんまりしている。それでも全く降らないということではないので、毎日、雪かき作業はしているんだけどね。昨年はむちゃくちゃ多かったから、それを考えると、家と店の2軒分で1時間余で終わるのだからラクショーですよ。

ことしに入って最初に買った本は、金本太中『脱 私の経営 私の人生』(北海道新聞社刊)である。まるでビジネス書のようなタイトルで(中身も前半はその通りなのだが)、いま自分がやっているちっぽけな店を、これから発奮して上場企業にまで大きくしようと年の初めに発心したから、ではもちろんない。年末に「本はねころんで」さんのブログを読んだからだ。

勝手に引用させていただく。

 今年の10月に詩人の飯島耕一さんが亡くなったと思ったら、それから二ヶ月後となる
12月25日に、飯島さんの文学仲間であった金本太中さんが亡くなられました。
北海道室蘭市で会社を経営していた金本さんは、学生時代から飯島さんの詩友であり
まして、飯島さんのファンにはなじみの人と思われます。
 以前にも拙ブログで引用をしていますが、飯島さんの自筆年譜に金本さんは、次の
ように登場します。
「昭和28年 この夏、『他人の空』の一連の詩を書き、十二月に書肆ユリイカ
(伊達得夫という三十歳を越えたばかりの人が、社長兼編集者で、ほとんど一人で
やっていた小出版社)から自費出版した。自費出版はこの時だけで、本が出来た時は、
嬉しかった。金太中と二人で印刷屋に受け取りに行き、祝盃をあげた。二百五十部、
費用は作曲家の三木稔(六高で、一級下)が、シンフォニーで尾高賞をとり、その賞金
の一部をまわしてくれたのだった。」(12月30日「訃報あり」前半部分)

恥ずかしながら、金太中(金本太中)という名前も、株式会社カナモトという、いまは札幌に本社を移した東証一部上場企業も初めて知った。でも、このブログを読み、これはぜひ読みたいと思った次第。

今月末には常盤新平さんのエッセイ集『いつもの旅先』が幻戯書房からでるという。幻戯書房からは昨秋にも『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』と『東京の片隅』がでているし、亡くなる直前にも『明日の友を数えれば』が刊行されている。同じ編集者によるものだろうが、こういう編集者がいるのは嬉しい。

そういえば古山高麗雄のエッセイ集が一時期、あの“小沢書店”から何冊も刊行され、いずれも小沢書店らしい瀟洒な装丁だったから嬉しかった。こうした編集者をもてた作家はそれだけで幸せなことといっていいだろう。
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