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「木山捷平研究」増刊号

木山捷平研究会の内海さんから、近々に「木山捷平研究」が出ますのでお送りしますとのメールをいただいた。へぇ、今回は随分はやいんだな、滝田さんも頑張っているなと愉しみにしていた。

参考に4号までの刊行年月を記しておこう。創刊号―1995年4月 2号―1999年12月 3号―2009年5月 4号―2012年4月 そうか、4号からもう4年も経っていたのか。いま、こうして記していて初めて気がついた。

今回は5号ではなく増刊号。なんとなれば、収録されているのは、内海宏隆「表現者・大西重利の人と生涯―木山捷平との交流について」1篇だけだから。巻末に滝田淳一さ んの「編集後記」4ページを含めて全99ページという論考である。

大西重利と名前をみても、誰だっけ、このひと、と判らなかった。表現者となっているのだから、やはり笠岡の詩人なのだろうかとぼんやり思いながらページを捲っていった。そうしたところ、木山捷平の第1詩集「野」に収録されている「秋」(巻中、11篇目)には―大西重利にーという献辞がそえられている、その大西なのだ。短いので全行を写す。 

秋/―大西重利に―/僕等にとって/秋はしずかな喜びだ。/夜/僕が五銭がせんべいを買って/ひよこ ひよこ と/この土地でたった一人の友を訪ねると/友は/口のこはれた湯呑で/あつい番茶をのませてくれた。(一行アキ)ああ 友!/秋!/貧しい暮しもなつかしく  

たしかにこの詩を捧げた大西重利は誰だろうと気にはなるな。そこから内海さんの旅が始まった。エライ! 

先日書いた岡田誠三だが、『定年後』1冊だけ読んだ。天啓を受けた、とはならなかった。ただ、緊密な文章で、意外な気がした。大阪朝日新聞社を定年ーそのころは55歳―になっての感慨を書いたものだが、戦時中の従軍記者時代の思い出を読むと、直木賞の「ニューギニヤ血戦記」も読みたくなってしまった。もう少し追い続けたいと思いながらも、いまはめい展さんの新資料を読みたい。
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