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「燃える河馬」からまたひとり

きのう、きょうと真夏日。こんな時期にウソのような暑さだ。店は休みなので温泉へ行く予定でいたが、30℃越えの暑い日に温泉もなんだかなと止めた。5月の墓参のときに、放置していても強い花―名前失念―に植え替えたのだが、この間、晴天続きで気温も高く、いくらなんでもちょっとやばそうというので、水をやりに霊園へ行く。

家に戻ると郵便が3通届いていて、中尾さんからは、太田順三さんが5月27日に亡くなったことを知らせるハガキ。やっぱりダメだったか。前回のハガキで、危篤状態のようだとあったのだ。

太田さんが主宰した「雑記」全36冊を、中尾さんの計らいで目を通すことができたことは既に記したが、この「雑記」に載った太田順三『水の戯れ』刊行記念のときに行われた、歌仙の顛末を書いた近松寿子の作に対してちょっとしたやりとりがあったときに太田さんは危篤になられたのだな。

考えてみれば、太田順三がいくつなのか、最初に倒れたのはいつだったか、どういう症状だったのか、といったことは一切知らない。正直にいうと「雑記」の編集後記などに、自分のことを“ジュン”と書くのを、イヤだなと思っていた。いいトシして、自分を名前で呼ぶなよ。そうした思いがあり、作品も最初のころは読まなかった。ところが1篇読んでみるとこれが上手いんで参ってしまった。太田さんも川崎さんと同じ病いで倒れたらしい。

うらたじゅんさんからは、川崎さん情報を送っていただき、大感激。宇多さんが出していた「ぶらり奈良町」という地域雑誌である。9号まで出して休刊になったという。それにしても宇多さんはいろいろなことをされていたのだな。亡くなった太田順三さんの思い出を書いてもらいたい(読みたい)筆頭は、宇多滋樹さん、ついで宮川芙美子さんだ。
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